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Channel: ■本物の波乱万丈人生はここにあります!おもろい人生です
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(仮)残したい影~第二章(壱)~ノンフィクション

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第二章(壱)

私の債務が整理回収機構へ譲渡されるまであと二ヶ月半。
銀行の他にも保証協会の債務もあった。
父が所有していた土地は市街化区域だけでも約一万五千坪で、調整区域を含むと二万坪強の広さがあり、数にすると五十ヶ所以上あった。
これだけの土地を売却するには二ヶ月半では全く期間が足りない。
売却の条件が厳しくなる整理回収機構に債権譲渡されるまでに、なるべく多くの土地を売りたかった。
しかし、譲渡される四月一日までには五分の一も売ることができなかった。

強気姿勢の私でもとうとう疲れ果てて体調を崩し入院することとなってしまった。
十数年もの間、様々なことがあり走り続けていた自分。
よく考えてみれば丁度良い休息になった。
慌てずにゆっくりと売却をすれば良いと思った。
自分に待っているのは自己破産という不名誉なことのみだから。

既に債務は全てが整理回収機構に債権譲渡され、債務整理の窓口となっている。
担当者はあと二年で退職を迎えられるベテランの職員の方だった。
「整理回収機構って言ったって、そんなに怖いものでもないよ」
自分が思っていたよりも感じが柔らかいと思った。
しかし、優しく言われると逆に怖い気もする。

担当者は私の心配を和らげるため、気を遣って言った。
「慌てずに良い買い手を探して余裕を持って進もうよ」
恐れるものは何もないので、この方を信じて頑張ってみよう。
今まで追いかけられてきた自分が、やっと横並びで歩けるような人に出会った。
整理回収機構の担当者との初対面は自分に精神的ゆとりをもたらしてくれた。

「しばらく飲みに行ってないから、楽しい酒でも飲むか」と思いながら、駅へと続く街路樹を見上げ、その隙間から少しばかりの春の光を感じていた。
地元に帰ってきて夜の街に出てみた。


六本木などとは極端に違い、街中は人通りも少なく明かりも乏しく寂しかった。
淋しいネオンに壊れかけの看板。路の端にはゴミが散乱している。
酒を飲みに行くのは久しぶりだったので、街の様子は気にならなかった。
何度か行ったことのある知り合いの店にとりあえず寄ってみた。

「いらっしゃいませ~」女の子たちの声が響く。
まだ時間が早い所為か、お客はひとりも居ない。
カウンターが五席とボックス席が四つで、満席でも二十人程度のお客しか入れない小さな店だ。
店の女の子が三人待機している。ママを入れても女性は四人。そしてボーイがひとり。

「あれ~、よっぴ久しぶり~」
奥の方からママの理恵が目を丸くして出迎えてくれた。
「ちょっとね、いろいろあって忙しかったんだよね」
とりあえず平然を装ってみた。
「そうだよね、よっぴはいつも忙しい人だからね」
その忙しいは私の会社の現状を言っているのか定かではなかった。
でも、ママは以前と変わらずに接してくれている感じがした。

「よっぴはマッカランでいいんだよね?」
マッカランは私の大好きなスコッチだ。
「いや、鏡月でいいよ」
節約しなくてはと思い、安い焼酎のボトルにした。
「え~焼酎?茶色い酒好きが透明な酒?珍しいこともあるね」
ママは大袈裟に驚きの表情を浮かべた。
私がスコッチ、バーボン、ブランデーをよく飲むのをママは知っている。

「ちょっとワケありでね」
苦笑いして答えるしかなかった。
ママは聞かぬ振りをしていたのだろうか。
「ハイハイみんな、ボトルいただきましたよ~」
ママは相変わらず調子がよい。
女の子達が声を合わせる。
「ありがとうございま~す」
若い女の子たちの声を聞くのも久しぶりだ。
いろいろあった最中にも飲みに来てれば良かったと思った。

「よっぴに一番新しい子紹介するね」
「いやぁ、ママだけでいいよ」
「ババアより若い子と話をするのもいいよ。令未~おいで」
令未はストレートの髪が長く腰のあたりまである。後ろ姿を見ると髪は定規で引いた線のように真っ直ぐに下に向かっている。目は切れ長で肌は色白。
自分のところは息子が二人なので、令未のような娘が欲しかったことがあった。

「はじめまして、令未です」
ちょっと淋しそうな目をした大人しそうな子だ。
「随分若く見えるけど十代?」
「いえ、二十になりました」
「ふ~ん、十六~十七にしか見えないけどな」
ママが横から口を挟んだ。
「よっぴは紳士なんだから、女の子の年齢を聞いちゃダメ!」
「理恵さんは何歳?」
「え、私?永遠の二十だよ~」
「聞いた俺が間違ってたよ。理恵さんは五年前も二十だったし、始めて出会った時も二十だったよな?」

ママは頬を膨らませてから言った。
「年齢とかぢゃなくてさ、もっと違う楽しい話とかした方がいいんぢゃない?」
ママは何かとうるさいし、しかも作る水割りの酒が中途半端に濃い。
美味しい酒はロックかストレート。安い焼酎を水割りにするならば薄めの方が好みだった。

「出身は地元?」
ママがお節介にも代弁した。
「令未は隣の県の出身。でも今は市内に住んでるんですけどね~」
「ママが話したら令未ちゃんとの会話ができないぢゃん」
「あれ~よっぴ、もう酔ってきた?話し方が変わったよ」
「若い子相手ぢゃ三十後半のおじさんは、ん~わかんねぇ」
ここでは話し方もママに合わせるしかない。
「ではではオババはここで失礼しま~す!楽しんでちょ」

ママが席を立ったら何を話していいのやら、わからなくなった。
「あ、お酒作ります」
令未はぎこちない動作で焼酎の水割りを作っている。
「令未ちゃんも何か飲む?」
ちょっと困った顔をしながら
「ありがとうございます。スプモーニをいただきます」
「若い子はやっぱりカクテルだよね。自分はスコッチが好きだけど、今は貧乏だから安い焼酎なんだ」実際その通りだか、冗談らしく言ってみた。

令未の表情が少し和らいだ気がしたので、カクテルの話もしてみた。
「カクテルは普段は飲まないけど、常夏の島とかに行ったらモヒートをよく飲むよ」
「モヒートって、どういうカクテルですか?」
「あはは、おじさんがよく飲むカクテルかも。ラムベースにミントのカクテル。カリブ海に行った時に好きになったカクテルなんだ」
「カリブの海賊がいるところですよね?」
「昔はいただろうけど、今は麻薬の密輸の船の方が多いかも。ミッキーランドとはちょっと違うかな」

鏡月も三分の二が空いた。少し酔が回ってきて私も幾分饒舌になってきたようだ。
飲み始めてから一時間ほど経ったが、令未からはあまり話しかけて来ない。
とても静かだけどワケありの感じもする。
何故か店内の壁の向こう側の遠くを見ているような目をしている。
私は静かに酒を飲み、彼女を観察していた。
彼女には心の病でもあるのだろうか?

ふたりの周りは静寂のヴェールで囲われているようだった。
そんな静寂を打ち砕くかのようにママがやってきた。
「オイオイ!お通夜ぢゃないんだからもっと騒ご!」
「俺はさ、令未ちゃんと静かに飲んでるのがイイの!」
「ハイハイ、わかりましたよ~だ!」
ママはあかんべーをしながら他の客の元へ去って行った。

この時、令未がクスッと笑った。
さっきまで能面のような顔をしていた子が笑うと可愛らしさが何倍にもなる。
殆んど会話もしてないのに何故か彼女には引き込まれる。
沢山の女性たちと遊んできた自分ではあったが、彼女の雰囲気は何処か謎に満ちていて、とても新鮮に感じた。

気付けば店内はカウンターにふたり、ボックス席が二つ客で埋まっていた。
カラオケを唄う客がいたり、店の中は若い客を中心にとても賑やかだった。
この喧騒の中であっても、ふたりの空間を静寂が囲ってくれている。
「こういうのって悪くないよな」頭の中でひとりで満足していた。
なんかここの空間だけお見合いの席みたいな感じがする。

そう思っている時に令未が語りかけてきた。
「お仕事は何をされているのですか?」
急な質問にちょっとビックリした。
「あ、いろいろやってるんだよね。食品の販売とか飲食店とか不動産管理とかもね」慌てて答えた所為か、やっている仕事を棒読みしただけになった。
「いろいろお仕事されているのですね。青年実業家のような感じですか?」
沢山の仕事をしているから青年実業家と言うのではなくて、会社としての利益をしっかり出して社会貢献しているアラサー辺りがそう言われるのではないかと自分勝手な解釈をしていた。


「いや青年と言うよりは中年実業家かな」ちょっとふざけてみた。
「中年実業家の方もいらっしゃるのですね。私、青年実業家しか聞いたことないので失礼しました」
この子はこのような感覚が素なのかと思った。正しく天然なのだろう。

今更になって気付いたが、彼女の左手首に可愛らしいドット柄のシュシュが巻いてあった。
ここで点数稼ぎをしようと思い聞いてみた。
「その手首に巻いてあるシュシュ可愛いくて令未ちゃんに似合ってるよね。いつでも髪を結べるようにしてるのかな?令未ちゃんの馬のしっぽ見てみたいな」
彼女の表情が少し強張り、軽く左手首を下に向けた。
「髪を結ぶために付けてるのとは違います!アクセサリーとして付けてます」
急に怒った顔と口調だったので、私は驚きを隠せなかった。
少し調子に乗り過ぎたかもしれない。

「ゴメン、ゴメン、何か気に触ったかな。おじさんだからアクセサリーっていうことはわからなかったよ」
彼女も慌てて弁明した。
「あ、私もごめんなさい。そういうつもりではなかったんです」
この令未という子はとても不思議で難しい女の子だ。
この子に対して興味が湧いてきた自分がいた。
この夜は鏡月のボトルを一本空けて家路を急いだ。

翌日の夕方に理恵ママからの電話があった。
「よっぴ、ごめんなさいね。令未がよっぴに失礼なことをしたって言うから、心配になって電話してみたんだけど」
「失礼なことなんて何もないよ。ただ不思議な子だなって思っただけ」
「本当にそれだけ?令未はお店が終わった後で泣いていたから」
「彼女が泣いていたの?何で?」
「よっぴに嫌われたかもしれないって、落ち込んで泣いてたよ」
「えっ!俺に気があるのかな?」
「あ~それはナイナイ!勘違いするな!」
「まぁ、それもそうだけど何か気になるよな」
「気にしないで。よっぴが怒ってないか聞きたかっただけだから」
「でも俺は気になるよ。今夜も遊びに行くから令未ちゃんによろしく伝えておいて」
「ええ~今日も来てくれるの。令未が超~喜ぶよ。ぢゃぁヨロシク!」
そう言ってママが電話を切った。

自分の中では客引きのための店内での策略だと感じてはいたが、少し策略に乗っかってみようと思った。
私も学生時代にはこのような店のボーイをしていたことがあったので、店側の考え方や店の女の子の考えることは熟知していたが、乗っかった振りをしようと思っても、その反面では男の性が顔を出しているのかもしれなかった。


 
>>> to be continued


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