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(仮)残したい影~第一章(弍)~ノンフィクション

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第一章(弍)

私は学生時代に簿記の夜間学校に通い、日商簿記二級まで取得していた。
そして経営者として三年の間に決算書を毎日のように眺め、決算書の数字の流れを全て学んでいたのだった。
そこで私が思いついた資金繰り解決策は粉飾決算だった。
作成しなければならないのは、偽物の経営計画書と三ヶ月分の月次報告書。
経営計画書には偽物の新規事業計画を織り込んだ。
銀行対策のため、粉飾決算書、偽事業計画書、偽月次報告書を、会社の社長室に閉じ籠もって自分ひとりで作り上げた。

現在では会計ソフトが充実しているので全ての計算をやってくれるが、当時はそのようなものは無いため電卓で計算をしていた。
全部が出来上がるのに徹夜を続けても三日間かかった。
決算書には貸借対照表、損益計算書などの数字が連鎖している。
ひとつでも数字が連動しなければ銀行の本部に偽造がわかってしまう。

その為、作業を中断することは数字の流れがわからなくなってしまう恐れがあったため、七十時間近く不眠で作業をしたのだ。
初の偽造は、何度も何度も数字が食い違わないか確認し、自分自身としては満足できる傑作だった。
数字の整合性がないのは命取りになる。
確認作業の時は、生涯で一番数字が怖いと思ったとても長い時間だったかもしれない。
 
ひとりで作ったのには訳があった。会計事務所を巻き込まないことと経理担当を巻き込まないこと。
もしも粉飾がわかってしまったら当然のことながら罪に問われる。
犠牲は私だけでよいと思った。
それだけの覚悟はできていた。
この粉飾決算書は銀行と私のみが見ることができる代物となった。
 
覚悟を決めて粉飾決算書等を持ちメインバンクに行ったが、正面エントランスで少し躊躇した。
自分に問う「これでいいのか?」
心を落ち着かせるために裏路地に入り込み、缶コーヒーを飲み煙草を一本吸った。
五分程の少ない時間ではあったが、心を落ち着かせることができた。
エントランスを入って歩いていると、支店長が私に近寄ってきて右手を差し出し出迎えてくれた。
支店長室に入り、いつもと変わりなく女性行員の方が出してくれたお茶を飲みながら世間話をした。
そして禁断の時が訪れた。
ここが自分の破滅点なのか?
いや違う、最善の策なのだ。

私は何食わぬ顔で粉飾決算書と偽書類を支店長に手渡した。
何故か手は震えていなかった。
しかし、流石に手に汗をかき、背中からも一筋の汗が這うように落ちていったのがわかった。
私は支店長が決算書等を見ている間、部屋に飾ってある絵を唯ぼんやりと眺めていた。
まるで裁判官から判決を言い渡される被告人のように。
支店長が勢いよく言葉を発した。
「社長、世間は不景気なのに業績がいいじゃないですか」
「いや、新しい事業はバブルとは関係ないですから」とだけ言った。
支店長は満面の笑みをしている。

私はゆったりとした口調で融資の件を切り出した。
「新規事業の運転資金ということで五千万お願いしたいと思っています」
全額であれば約一億だが、その半分の融資のみを依頼すれば相手の気が緩むと思っていた。いま必要な五千万円の運転資金を確保することが先決だった。

「こちらの事業計画書では1億くらいは必要となっておりますが」
第三者的に物事を考えれば、私の依頼は間違っていないと思った。
融資を受けられる確率を上げるための策略だった。
「そうですが、まだ必要のないお金はお借りしない方がいいと思っていますから。
必要になったらお願いすると思います」
私はこの時、詐欺の罪人となった。
社員を助けるためのお金と自分に強く言い聞かせた。
「では、早々に本部の稟議をかけるように致します」
私は本部と聞いただけで緊張により口の中が乾いてきた。
私とは反面、支店長は潤った口で矢継ぎ早に話し出す。
「一週間ほどかかるとは思いますが、よろしいですか?」
「二週間以内でしたら大丈夫です」
何故かわからないが、私の口からは余裕のある言葉が自然と出てきた。
支店長を欺くことができたからか?
いや違う。
この粉飾決算書は僅かな時間では、経理のプロであっても見破ることはできないという自信があったからである。

「二週間以内でしたら間に合いますので、ご心配はありませんよ」
支店長は相変わらずの喜びようだ。
私は支店長を完全に欺き、裏切った。
でも、まだまだ油断してはいけない。
バブル崩壊後の今、銀行の本部審査では、今まで以上に決算書の数字の列挙を見てくるだろう。数字が羅列していたら終わってしまう。
「何度も数字の流れを確認し、検算も何度もやったのだから大丈夫だ」
この時ばかりは自分の作業に絶対的な自信を持ちたかった。
 
支店長から電話が来るまで毎日が苦痛だった。
銀行の得意先係が毎日夕刻に会社に訪れるが、彼の顔色も見る始末。
世間話をするのもぎこちない。
この期間がとても耐え切れなかった。
得意先係の対応を経理部長に任せ、社長室に隠れていたのも数日あった。
「どちらでもいい、早く審判の日が来ないのか」憔悴しきった自分の精神。

支店長の電話は一週間後にかかってきた。
「社長、稟議が通リましたので当行までお越し下さい」
支店長の喜ぶ声が受話器にこだまする。
私はついに修羅となってしまった。
これから本当の修羅の道があるとも知らずに足を踏み入れた。
 
銀行を欺くのならば世間も欺くことが必要だと思った。
他の銀行にもその銀行用の粉飾決算書を持ち込んで資金を借りた。
そして、世間を欺くために二千万程の高級外車を新車で購入した。
世間からは賞賛や妬みなど様々な声が聞こえてきた。
儲け話がないかを聞いてくる事業主も度々訪れてきた。
金のあるところには人は集まる。
人間の醜さなのか。
気がつけば合計四行との取引になっていた。
 
父は私の幼い頃から地元でも大地主で通っている。
実際に市内でも三本の指に入るほどの地主だった。
父が所有する土地は全て銀行の抵当の設定がされている。
それで今までは融資を受けられていた部分もあった。
しかしながら、バブル崩壊後は年を追うごとに路線価よりも実勢価格が極端に下がってきているため、銀行も融資を続けるか悩んでいたようだった。
バブル期では路線価よりも実勢価格が極端に上がっていたので全く逆となった。
銀行独自の土地評価査定も年々下降しているため、資金を調達するのは益々困難となってきていた。

私の会社は手形決済をしていないので不渡りはない。
手形は銀行からの短期借入金の約束手形だけである。
取引先との決済には入出金共に全て現金決済だった。
このことも粉飾がやり易い要因であった為、私は粉飾に手を染めてしまったのだ。
約束手形は期日を待ってはくれないが、取引先に現金決済をしていれば「入金が遅れているので少し待って下さい」と言えば大抵は待ってくれる。
この少しの期間に支払いのための資金調達をすればよかった。
 
銀行を騙し続けられれば会社は安泰だった。
試行錯誤しながらも資金調達のための事業計画書などを作成していった。
私が作成している粉飾決算書は四種類もあって、当初は作成するにも困難を極めたが、熟れというのは恐ろしいもので、簡単に決算書の数字の流れを運河のように扱えるようになった。
当然のことながら、数年後には地方銀行四行からの借入金は増え続けるばかりであった。
借入金を返すために新たな借入をする。
個人が消費者金融で陥ることと同じになっていた。

しかしながら、私は四つの金を流す運河を自在に操った。
そして、地方銀行四行の借入金ローテーションができてしまった。
メインバンクの銀行に提出した粉飾決算書には、その銀行の残高証明一通しか添付しなかった。その他三行の借入金は闇に消えている。
その他の銀行にはメインバンクとその銀行の残高証明の併せて二通しか添付していない。その他ニ行の借入金は闇に消えている。

地方銀行のみ借入をしたのは、都市銀行に比べて審査が甘いというところがあり、全てに於いて調査不足というところもあった。

金を操る主旨や方向性は違うが、マネーロンダラーと同じようなものだと思った。
同じような重罪なのではないのか?と焦燥にも駆られた。
 
後戻りできない私は、加速するように出口の分からぬ修羅の道を走り抜けようとしていた。
 

 
 
>>> to be continued

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